山本幸三大臣は、4月16日に滋賀県大津市で開催されたセミナーで、文化財観光にからんで「一番のがんは文化学芸員。この連中は普通の観光マインドが全くない。この連中を一掃しないと駄目だ」と発言し、全国的に厳しく批判されている(一番批判されるべきは「がん」で苦しんでいる人々やその家族に対する配慮のない点であろう)。
山本大臣は「地方創生担当相」を務めている。地方創生は、2012年に発足した第2次安倍政権の最重要課題で、東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的にしている。具体的には、地方における安定した雇用の創出、地方への人口の流入、若い世代の結婚・出産・子育ての希望を叶え、時代にあった地域を創り、安心な暮らしを守ると共に、地域間の連携などを推進することによって、地域の活性化とその好循環の維持をめざすための各種施策が実施されている。
実は北海道について人口の面で厳しい将来予測がなされている。2010年の北海道人口は550万人であったが、20年には517万人、30年には471万人、40年には419万人に減少すると予測されている。人口が大幅に減少すると、当然のことながら、北海道の経済・社会・文化などが衰退していかざるを得ない面がある。そこで「地方創生」が最重要課題になり、なんとか手っ取り早く交流人口を増加させて、地域の活力を維持していくために「観光立国政策」が重視されているわけだ。
しかし「観光立国政策」と言っても、現実には「インバウンド立国政策」の色彩が強い。インバウンドというのは「訪日外国人観光客」のことだ。2012年の日本へのインバウンドは835万人であったが、13年には1036万人、14年には1341万人、15年には1973万人、16年には2403万人と増加しており、政府は20年に4000万人のインバウンド達成を数値目標にしている。山本創生相の発言の背景には現在の日本におけるインバウンド激増があり、地方は激増するインバウンド(訪日外国人観光客)にうまく対応して「稼ぐ努力」を行うべきであるにもかかわらず、「稼ぐ努力を行わない学芸員は一掃しないと駄目だ」という暴論につながったようだ。
私は博物館学だけでなく、観光学の専門家であるので、日本は「観光資源や観光魅力の宝島」であると客観的に高く評価している。日本は明治期以降に近代化を見事に達成した最先端のテクノロジー大国であるが、その一方で日本の至るところで伝統的な自然資源や文化資源や人財を大切にしてきた国である。近年日々刻々に貴重な日本の伝統的な自然資源や文化資源や人財が損なわれつつある中で、それらを大切に守り、伝える努力を行っているのは各地に存在する博物館、美術館、資料館、記念館、動物園、植物園などである。それらの日本の館園の多くは、非常勤館長、1名の常勤学芸員、1名の常勤事務職員で維持・管理されている。インバウンド対応を計りたくても、そのための予算がなく、人手も足りないのが偽らざる状況である。
地方創生を実現していくためには、一人でも数多くの若者が地方で生きることに誇りをもつことができ、安心して働くことのできる環境を整える必要がある。地方の博物館、美術館、資料館、記念館、動物園、植物園などの館園は、地域の貴重な自然資源や文化資源を守り、伝えているだけではなく、地域における「結衆の原点」として重要な役割をすでに果たしている。地方創生相は軽軽と学芸員を蔑む前に、地域の学芸員が置かれている苦境を十分に認識した上で、より良く仕事を展開できるように、様々なかたちでの学芸員に対する支援方策を真剣に検討すべきである。
北海道博物館協会会長 石森秀三
(北海道博物館長、北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)